対談

monova対談 Darjeeling
monova対談「Darjeeling」(ダージリン)は、monovaプロデューサーの杉原広宣が、モノづくりに関わる様々なジャンルの方々へのインタビューを通じて、モノづくりの今を伝えるWEBマガジンです。つくり手、流通に関わるつなぎ手、そしてモノの使い手、皆さんに読んで楽しんでもらえる内容を目指します。
磯野 梨影氏プロフィール
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業後、ソニー(株)デザインセンター、ロンドンのデザイン事務所を経て、2000年よりPear Design Studioとして活動を開始、現在に至る。デザインという角度から、ゆたかなきもちになるコトやモノを考える日々。主なプロジェクトとして、PowerShot E1(2008年 CANON)優凜シリーズ(2010年~ 山口久乗)などがある。多摩美術大学非常勤講師。こどもと一緒のくらしを考える「コド・モノ・コト」運営メンバー。 ペアーデザインスタジオ  http://pear-ds.com

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杉原:今回、初めての女性との対談となりました。本日は宜しくお願いします。さて近年、日本のモノづくり業界も女性デザイナーが活躍するようになりましたが、磯野さんがご活躍し始めた頃はまだ女性は珍しかったかと思います。どんな経緯でプロダクトの道を選ばれたのか、そのあたりからお聞かせいただけますか。

YPPYシリーズ(1995 SONY)

YPPYシリーズ(1995 SONY)

 

 

 

磯野:学生のころから伝統工芸に関心があったので、いずれは生活用品をやりたいと考えていたんですが、まずは修行。と新卒でソニーのデザインセンターに入社しました。ソニーでは、テレビの他に、ウォークマンなども手掛けました。珍しいものだとヨーロッパ限定の商品の布製「YPPYシリーズ」あとはスケルトンの「Beans Walkman」を作りました。変わりダネ担当という感じの仕事が多かったですね。笑 その後9年経って、夫が海外赴任することになったので、退社してイギリスのサリー州で海外生活をすることになりました。

Beans Walkman(1995 SONY)

Beans Walkman(1995 SONY)

 

 

杉原:イギリスではどんな活動をされていたんですか。

 

 

磯野:現地のデザイン事務所でスウォッチ社の仕事を担当していました。その後97年に帰国し出産して、仕事に復帰したのは2000年ですね。Pear Design Studioとしてフリーランスでデザイン活動を始めました。

 

Swatch Phone(1998 Swatch Telecom)

Swatch Phone(1998 Swatch Telecom)

 

杉原:海外に行かれたり、ご出産があったりと生活の変化も大きかったと思いますが、磯野さんの中で変わった部分はありましたか。

 

 

磯野:そうですね、これまで携わっていた電化製品業界での仕事は「未来のIT機器提案」などもあったんですが、子育てしながら主婦として生きる実生活とあまりにも乖離していたので、いざデザインをしようとしても、うまく切り替えが出来なくなってきていました。生活用品のデザインにシフトしていったのは、そういう経緯もあります。

 

 

杉原:伝統工芸とはどういう出会いだったんでしょう。

 

 

磯野:あるデザインディレクターの方に誘われて、大手真珠メーカーのギフト商品開発に携わったんです。セラミックや硝子を使ったものをデザインしたんですが、その時お世話になった富山ガラス工房の野田館長のご紹介で、「富山デザインウエーブ」のワークショップやプロダクトデザインコンペに参加するようになりました。

 

 

杉原:ではmonovaで紹介している山口久乗さんとの出会いも、「富山デザインウエーブ」のつながりからでしょうか。

 

 

磯野:そうです。コンペ作品製作でご協力いただいたメーカーさんからのご紹介で、同じ富山県高岡市の仏具メーカー山口久乗さんがデザイナーを探している。「とにかく、音を伝えたいんです。」という依頼で始まりました。

 

 

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杉原:山口久乗さんの久乗おりんはmonovaでも人気の製品です。仏具であるおりんをインテリアのアイテムに仕立てたのは、簡単なようでいて難しいと思います。初期の頃はどんなご苦労があったんでしょうか。

 

 

磯野:山口久乗さんは世界的にも有名な音の研究機関、日本音響研究所でおりんの音に「f分の1のゆらぎ」を発見して、「良い音」だということを科学的に証明された時でした。ただ、仏具のままでは「音を楽しむ」という行動まではもっていけません。「音がすごく良い」ということを耳以外からも伝えなきゃいけない。そこから「手渡しできる音」にするというテーマが見えてきました。

 

 

杉原:久乗おりんは暗い瞑想の世界から、明るいリビングへ。見事に「脱仏具」を成功していますね。どういったことを意識されたんでしょうか。

てのりん(呼び鈴)

てのりん(呼び鈴)

 

 

磯野:若い女性にも好まれるデザイン。色々な生活シーンに合わせたカタチ。パッと見で良い音がしそうな姿。というところでしょうか。初めは「てのりん」の商品デザインだけの予定だったんですが、「音を伝えたい」という依頼に対してモノだけでは弱かったので、カタログ、パッケージやホームページなどブランディングからご提案しました。

 

 

杉原:トータルにブランドの視点で考えるのは大事ですよね。ソニーにいた磯野さんならではの視点かも知れませんね。地域の中小企業と取り組んで感じたことはありますか。

てのりん使用イメージ

てのりん使用イメージ

 

 

磯野:山口久乗さんに限ったことではないのですが、中小企業は「どこでどのくらい売りたいか」というマーケット感覚がこれまで関わった大手メーカーとは大きく違うと感じました。特に山口久乗さんは初めての仏具以外の市場での取り組みなので、販売価格や販売先が見えずに大変悩まれていました。

 

 

杉原:どのように解決されたのでしょうか。

 

 

磯野:その市場に飛び込んで、肌で感じてもらうしかないと思いました。それでギフトショー(国内最大の生活用品展示会)に出展したんです。展示会の出展料も決して安くはなかったので、かなり思い切られたと思います。初めての展示会では私たちデザインチームも参加して手作りで展示ブースをつくりました。結果的に初めてのギフトショーでとても反応が良く、自信をもって開発に臨めるようになりました。

 

 

杉原:開発に関わった皆さんの提案が市場に受け入れられた瞬間ですね。今では久乗おりんのシリーズは20種類以上になりますが、どんな想いでデザインされているんでしょうか。

 

虹シリーズ リンドル/リンセンス

虹シリーズ
リンドル/リンセンス

 

磯野:まずは「音」ありき、形によって音も変わってしまうので制約がとても多いんです。仏具に見えてしまわないことと、音の印象を邪魔しないデザイン。聞いている人の心情を考えて、すっと馴染むやさしいカタチを意識してデザインしています。そうして、もう5、6年になります。「てのりん」に引き出物の注文が来たときはとても嬉しかったですね。仏具だった「おりん」が慶事に選ばれたんですから。今は新作の虹シリーズの展開を広げていますが、今後は地場である高岡の素材や技術を生かしたものをもっと増やしたいと考えています。山口久乗として産地を盛り上げていきたいです。

 

▼山口久乗「久乗おりん」ホームページ

http://www.kyujo-orin.com/

 

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杉原:現在は他に「コド・モノ・コト」というプロジェクトに参加されていますね。どのような活動なんでしょうか。

 

「コド木工」

「コド木工」

 

磯野:デザイナーや建築家、作り手が参加している「コドモと一緒の暮らしを考える」プロジェクトです。初めは同好会的なものでしたが、2009年にWEBショップを立ち上げ、昨年は「コド木工」というブランドを作る取り組みも始めました。旭川の木工の作り手とデザイナーが企画から商品開発・流通まで自分たちの手で切り開き、地元の販売会社を通して販売できるようにしくみを整えているところです。メンバーには開発から商品化までしっかりできる人材がそろっていますし、地元旭川の工芸センターの方や販売を担当される販社の方も「旭川を応援したい」としっかりサポートして下さっています。

まだこれからですが、大手メーカーのものづくりとはまた違ったやり方で、暮らしのすみずみになじむような提案がしていけるんじゃないかと、その点を面白そうだと感じています。

おひさまクロック

おひさまクロック

 

 

杉原:最近はデザイナーの方も売り場に近い所までフォローしていくことが増えていますね。

 

 

磯野:そうなりつつありますね。トータルでフォローしていかないと、せっかくのデザインも思うように届かない事があります。「この商品をどう出したいか」は実はデザイナーが一番考えているかもしれないですね。そこをメーカーと一緒に動いて探っていくとうまく繋がっていくと思います。

ころころあかり-どんぐり

ころころあかり-どんぐり

 

 

杉原:この商品を伝えたい人に、どう伝えていくのか。展示会のやり方やWEBの作り方、そして販売までのデザイン計画が必要になっていますね。

 

 

磯野:特に地方のメーカーだと首都圏の市場が見えにくいので、デザイナーとしてお伺いしても、販売方法やターゲット選定が一番の課題ということが多いです。

 

 

杉原:その課題はメーカーの自覚がないと具体的に解決されませんね。デザイナーの在り方が変わってきている中で、今後の磯野さんの目標はどんなことでしょうか。

 

 

磯野:最近色々なメーカーへ伺う機会が増えているのですが、ポテンシャルは高いのに技術だけが取り残されて何が強みか見えていない、というようなもったいないメーカーがたくさんあるのではないかと感じます。商品開発のプロが不足しているんでしょうね。そこに危機感を覚えているメーカーも増えていると感じます。デザイナーというより、問題を整理するファシリテーターとしての役割もウエイトを増やして、そうした相談に乗っていきたいと思います。

 

 

杉原:大手メーカーのように商品開発の専門部署などもないまま、開発を進めるメーカーがほとんどですから、多くのものづくり企業にある課題でしょうね。monovaもそういった問題解決に少しでも役立てるように取り組んでいきたいと思います。磯野さん、本日はありがとうございました。

 

▼コド木工ホームページ

http://codomocco.jp/

▼2014/01/04~01/14 「久乗おりんの世界 展」開催 monovaギャラリー

https://www.monova-web.jp/3888

※1/10,1/11はおりんコンサートを開催します!ぜひご来場ください。